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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)552号 判決 1957年12月09日

原告 株式会社神戸銀行

被告 村井治三郎

主文

被告は原告に対し別紙物件目録(一)記載の土地につき昭和二十七年六月二十六日附売買を原因とする所有権移転登記手続を為し且該土地を引渡すことを命ずる。

原告その余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は之を四分しその一を原告の負担としその余を被告の負担とする。

この判決は土地明渡の部分に限り金百万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙物件目録(一)記載の土地につき昭和二十七年六月二十六日附売買による所有権移転登記手続を為すことを命ずる。被告は原告に対し別紙物件目録(一)記載の土地を別紙物件目録(二)記載の建物を収去して明渡せ、被告は原告に対し昭和二十七年九月一日以降別紙物件目録(一)記載の土地明渡に至る迄一ケ月金四万円の割合に依る金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決竝に仮執行宣言を求め

その請求原因として、

「一、原告は昭和二十七年一月初頃別紙目録(一)記載土地(以下本件土地と称する)附近に、支店建設用地を物色するうち同年三月原告は被告所有の本件土地を買入れる仮協定が成立したところ同年六月十八日被告は、東京に店舗開設の為資金の必要が生じた為、同年六月二十七日原被告間に(一)本件土地を代金四百八万二千六百円で原告に売渡す、(二)本件土地につき所有権移転請求権保全の仮登記をなすと同時に手附金として百二十万円を支払う、(三)被告は本件土地の上に存する建物を被告の負担で同二十七年八月末日迄に収去し原告に引渡す、(四)所有権移転登記手続は同二十七年九月三十日迄に之をなす、(五)手附金を除外した残代金は所有権移転登記手続完了の後支払う、尚地上物件の収去未了の場合はその完了迄代金の支払を留保する、との趣旨の契約が締結され同日手附金百二十万円を支払つた。

二、ところが被告は同二十七年九月二十九日地上建物を収去することの経済的困難を訴え原告に於て立退料三百五十万円を負担することの申出があつたので原告は之を承諾し若し被告が地上物件を撤去し土地を明渡さないときは違約賠償として、被告は売買残代金を抛棄し本件土地の所有権移転登記及び引渡を為すことを約した。

三、右約旨により原告は前記手附金百二十万円の他に、地上物件撤去料竝びに居住者に対する立退料として同年九月二十九日百五十万円同年十月十三日二百万円、売買代金の内金として百万円合計五百七十万円を支払つたが被告は、突如同二十八年一月十九日約旨に反し契約解除の申出をなし原告が之を拒否すると売買代金の値上を要求する等前記約旨に基く先給付義務たる所有権移転登記手続竝に、特約に基く土地明渡義務を履行しないから本件土地に対する所有権移転登記手続と地上建物収去土地明渡竝びに土地明渡の約定期限の翌日である同二十七年九月一日以降本件土地明渡済に至る迄賃料相当の損害金として一ケ月四万円の割合による金員の支払を求める為本訴請求に及んだ」と述べた。

証拠として甲第一乃至第十四号証を提出し証人頼広英治、同森田大道、同古谷甚吉の訊問を求め乙号各証の成立を認めると述べた。被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁竝に抗弁として、

「原告主張事実のうち、原告主張の日原告主張の金員を被告が受領した事実は認めるがその余の事実は否認する。

一、本件土地について、原告主張の如き売買契約が成立した事実はない。原告は昭和二十七年四月頃被告に対し本件土地を坪二万円で譲受けたい旨申入れたが被告は之を拒絶したところ当時被告は二百万円の借款を必要としていたので原告会社今里支店に対し本件土地を担保に右借款を申入れ結局原告は被告に、百二十万円を貸与することになりその担保提供の手続として、原告の要求するまゝに本件土地について、代金四百八万二千六百十円、内百二十万円は之を手附金とし本件土地に対し所有権移転請求権保全の仮登記をなすこと地上物件は被告が之を撤去することゝする旨の売買契約書を作成し百二十万円の貸与をうけたに過ぎず売買契約の成立はない。

二、仮りに、本件土地につき、売買契約が成立しているとしても合意により解除されたものである。

即ち原告は右の担保方法としての形式的売買契約に基いてその履行を催告して来たが被告は右売買契約に定められた価格については到底応ずることが出来なかつたところ原告は価格については別に公正な時価を協定することゝして地上家屋の撤去竝に、居住者に対する立退料等の費用は原告が負担することゝなり被告は地上建物の撤去等に着手したが本件土地の価格については双方の見解の一致を見ないまゝ推移し協定に至らなかつた。ところがその後、原告は本件土地の売買代金は四百八万二千六百十円であると主張し被告よりの代金協定の申入に応じないので被告は昭和二十八年一月十四日原告に対し契約の解除を申入れた結果被告に於て同月十六日七百五十万円を原告に支払うときは契約を解除し得る旨の約定が成立し被告は約旨に従つて同月十六日七百五十万円を原告に支払つたから、本件土地に対する売買契約は同月十六日を以て合意解除されたものである。従つていずれにしても原告の請求は失当である」と述べた。

証拠として乙第一号証第二号証の一乃至七を提出し証人河内保雄同野村文雄、被告本人の訊問を求め甲第一乃至第七号証、第九乃至第十三号証は成立を認める甲第八、第十四号証は不知と述べた。

理由

成立に争のない甲第一乃至第七号証第十号証と証人頼広英治同増本卯之助同森田大道同古谷甚吉の証言によれば原告銀行は本件土地附近に原告銀行今里支店建設用地を探し求めるうち訴外古谷甚吉の仲介により昭和二十七年三月被告より被告所有の本件土地を買受ける仮協定が成立しその後同年六月二十七日売買代金を四百八万二千六百十円と定め本契約締結と同時に売買の仮登記をなし原告は手附金として百二十万円を支払う、本件地上に存する建物は被告の負担に於て同年八月末日迄に撤去し完全な空地として原告に引渡し本件土地の所有権移転登記は同年九月三十日迄に之をなすものとしてその期日は双方協議の上定める。被告は所有権移転登記完了後直ちに、代金を支払うことゝし右の残代金支払にあたつては手附金は代金の内払に充当する。但し、建物の撤去が未了の時は原告はその支払を保留する等を内容とする本契約を締結し原告は同年七月三日手附金百二十万円を被告に交付したことその後地上物件撤去の約定の期限後である同年九月二十九日地価の高騰に鑑み原被告間に、地上物件撤去に関し本件土地の占拠者八世帯の退去料その他の費用として、原告に於て、三百五十万円を負担し被告の責任を以て之が撤去をなすことゝなり右退去料として同月二十九日百五十万円同年十一月二十三日二百万円を被告に交付し更に同年十二月二十七日には売買代金の内入として、百万円を被告に支払つた事実が認められる。右認定に反する証人河内保雄同野村文男の証言被告本人訊問の結果は前顕甲第一、第四、第十号証と証人頼広英治同増本卯之助同森田大道の各証言と対照するときは到底措信することは出来ないし他に右認定を覆す証拠はない。被告は本件売買契約が成立したものとしてもその代金については協定が成立しないまゝ被告に於て昭和二十八年一月十六日に七百五十万円を原告に支払うときは、契約を解除するとの約定が成立し被告は約旨に従い右金員を支払つたから、本件売買契約は、合意解除されたと主張するが本件土地の売買代金は四百八万二千六百十円であること前認定の通りであるのみならず契約の合意解除があつた。との証人河内保雄同野村文雄の証言、被告本人訊問の結果は後記証拠と対比するときはたやすく信用し難く却つて成立に争のない甲第九乃至第十三号証、証人頼広英治の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証と、証人頼広英治同増本卯之助の証言によるときは被告より地価の高騰を理由として、原告に対し契約の解除方を求め原告は之を拒否したに拘らず被告は契約解除の合意があつたものとして、一方的に七百五十万円を原告銀行今里支店に提供した為同支店では本店と協議の結果之が受領を拒否し原告銀行今里支店の被告名義の当座預金口座に入金したことが認められるから被告の抗弁は採用の限りではない。

そして、前認定の事実によれば本件土地に対する所有権移転登記の期限は昭和二十九年九月三十日であるが本契約に同年八月末日と定める右土地明渡の期限については前認定の立退料負担の特約により猶予され期限の定めがないものとなつたものと認めるべく本訴状送達により履行期が到来するものと解せられるから被告は原告に対し本件土地を引渡し所有権移転登記手続を為す義務があること当然である。原告は本件土地明渡の約定による期限の翌日である同二十七年九月一日以降本件土地明渡済に至る迄賃料相当の損害金の支払を求めるが前認定の立退料その他地上物件撤去の費用として、三百五十万円の負担を約した際被告が地上物件を撤去し明渡さないときは違約賠償として、被告は残代金を抛棄し土地明渡を為すとの特約があつたことについては之を認めるに足る証拠ないから、原告は尚残代金の支払義務を負担し、且前認定の本契約の趣旨よりするときは土地明渡と残代金の支払とは同時履行の関係に立つものと認めるのが相当であり被告が約旨に基く履行の意思が確定的に存しないとは原告の全証拠を以てしても未だ認めるに足らないから被告を遅滞に附するには原告に於て残代金の提供を必要とすべく本訴状送達により、被告は未だ履行遅滞となることはない。従つて土地明渡遅滞による損害金を請求し得ないことは言うをまたない又原告は本件地上建物の収去を求めるが右地上建物の所有権は、被告に 属するものでないこと弁論の全趣旨に照し窺うことが出来之が強制執行は不可能と云うほかはないところ、およそ給付判決に包含される給付命令は現実の執行と離れて意義を有するものではないから強制執行が不可能な場合は給付判決を求める利益はないと解するのが相当であり、右の見解に立つときは原告の建物収去を求める請求は失当として棄却すべきものである。

仍て、原告の本訴請求中、所有権移転登記手続竝びに土地引渡を求める部分は正当として之を認容すべきもその余は失当として之を棄却し、訴訟費用負担については、民事訴訟法第八十九条第九十二条、仮執行宣言については同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松浦豊久 松本保三 藤井正雄)

物件目録(一)

大阪市東成区大今里本町一丁目百八十三番地

一、田 六畝十四歩(現在宅地百九十四坪四合一勺)

物件目録(二)

大阪市東成区大今里本町一丁目百八十三番地上 田 六畝十四歩

右土地の西北側にある

(イ) 木造亜鉛鋼板葺平家建 物置兼住宅 一棟 建坪約四十八坪

右土地の西側にある

(ロ) 木造セメント瓦葺平家建 住宅 一棟 建坪約八坪

右土地の南側にある

(ハ) 木造トントン葺平家建 物置 一棟 建坪約十六坪二合

右土地の西南側にある

(ニ) 木造トントン葺平家建 物置 一棟 建坪約八坪一合

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